先日、『AIの遺電子』を読み返したお話を書きましたが、それ以後、連想ゲーム芋づる式に古い漫画を読み返しています。
AI、技術、オタク…の様な感じで辿っていった結果、"古いオタク文化" の掘り返しが楽しくなってきました。
そんな "古いオタク文化" の断片、雰囲気はいろんな漫画に散らばってるけど、比較的ニュートラルな視点からそれらを描いている漫画に『こんなもんいかがっすかぁ』というものがあるのを思い出しました。
水玉螢之丞さんという方の漫画で、今回思い出したことをキッカケに検索してみたら、だいぶ前に亡くなっていることを知ってショック…。
うちの父はパソコン好きで、私が子供の頃、当時住んでいた団地の部屋の本棚はパソコン雑誌がぎっしり詰まっていたんですよね。
広告ページが切り離されて、ペラペラになったパソコン雑誌…「なんかよくわからない本ばっかしだけど、ちょろっと漫画が描かれてる…!」って、宝探しをする様な気持ちでページを手繰っていた子供の頃の私を思い出します。
水玉螢之丞さんの "絵" を認識したのは、その父の雑誌の中から見つけて、でした。
成人してからでしょうか、BOOKOFFで見つけて購入し、紙の本を所有しているんですけれど、「手軽に読み返したいな」と思って、改めてKindle版 (こんなもんいかがっすかぁ まるごと!) を購入しました。
前述の様に、『こんなもんいかがっすかぁ』は、1990年代前後の頃のパソコン雑誌に掲載されていた、今で言うエッセイ漫画のようなものです。
まだインターネットなんかは当然なくて、パソコンもコマンドラインで使うのが普通だった頃 (だよね多分…MacとかはGUIだったみたいだけれど) の小話が満載で、今の知識で「コレってアレのことだ!」って分かるものもあれば、逆に何のことか全く分からないお話もあったりしつつ、でも読んでいてすごくワクワクするんですよね。
この "ワクワク" は、未知の文化に触れるときの好奇心が満たされていく楽しさでもあるし、自分が今現在楽しんでいる文化のルーツを辿っていくような、そんな楽しさの両方が内包されている気がします。
冒頭で、"比較的ニュートラルな視点" って書いたけど、多分水玉螢之丞さん本人がディープなパソコンマニアだったのではなく、"サブカルの人" に属するところで活動してた人だからなのかなぁ、なんてちょっと思ったりしました。
捉え方の視点が、内側とゆうよりも外側からな感じがするんですよね。
例えば、思い切り "内側" の視点でオタクを描いた漫画としては、『げんしけん』や『16bitセンセーション』なんかが思いつきますけれど、(漫画のタイプが違うというのはありますが) そういう "なかの人" じゃなくて "外から眺めている"、若干そんな雰囲気を『こんなもんいかがっすかぁ』からは感じます。
内容としては、基本はパソコン周りのことに関して、 "もしも◯◯なら" とか "パソコンが当たり前になったらこういう風景が生まれるのかな" みたいなお話、あとは当時のパソコンゲームに関する話題なんかを、90年代前後頃のTVやCMなんかの時事ネタを絡めながら描いている感じ。
そういう "世の中の雰囲気" を上手に取り込んでいるのが、外側の視点に繋がっているのかもしれませんね。
でもそれが、実際にその時代に、その文化へ触れることのなかった、当事者ではない私でも "オタク・サブカル文化" の空気感を強く感じることが出来て、タイムスリップした様な不思議な楽しさを感じるのかな、と思いました。
あと、個人的に好きな点として、視点に女子感がある…とゆうか、流行その他、当時の "お洒落" が表現されてるのも、すごく読みやすくて好きなんですよね、80年代、90年代リバイバルがあった現状と重ねて読めて。
逆にそうゆう視点が少なめで、局所的な時代の空気感が濃縮されている、体験レポート的な感じで面白い漫画としては桜玉吉さんの『しあわせのかたち』や、鈴木みそさんの『あんたっちゃぶる』とか。こっちは主観が強いからこそ面白いなって感じです。
80年代後半~90年代初頭のオタク・サブカル空気感に興味のある方は、是非ネオ・シティポップなんかを聴きながら読んでみて下さいっ…!
『こんなもんいかがっすかぁ』を読み終えたところで、私のタイムトラベルはひとまず一段落しました。
次はお話の中で挙げた『げんしけん』を読み返そうかな…と思いつつ、そうすると90年代中盤~2000年代までが欠落してしまうんですよね…。
もうちょっとこの辺りの時代、90年代~2000年代までの間を何かで補完して味わいたいんですけれど、何か良い漫画はないかな~。