さて、前回の続き、2015年末に起きた出来事から、当時書いた日記の続きとなります。
私の遊んでいる仮想世界に興味を持った友人を案内したところ、主にUIが受け付けられない!と強い拒否反応をぶつけられたお話ですね。
そして、その際に彼が言った「これに金を払うユーザーが悪いんだ!」という言葉から考えてしまったいろいろ、それを掘り下げていくのが今回のお話となります。
ここ数年で、急にUIの重要性について語られているのを目にする機会が増えてきたな~って感じています。
多分、スマートフォンの普及が一番大きい要因なのかな…。
スマートフォンによって、本来の意味で "コンピュータが生活に浸透した" 結果の様に思っています。
その結果、文化と言葉を越えて、誰でも使えて分かりやすいUI、ユニバーサルデザインの重要性が頻繁に語られる様になった、そんな気がするんですよね。
実際、分かりやすいUIは大事。
例えば、玄関の鍵を寄木細工のパズルにする人はいませんよね。
鍵を差し込んで回す、キーカードをカードリーダーに通す、触ったり覗き込んだりの生体認証を使う、そういう簡単に使えるものにします。
玄関を開ける為に寄木細工のパズルを覚えなきゃいけない…そんな不便なものを好んで使いたい人はあまりいないんじゃないかな~って。
冒頭のスマートフォンも一緒だと思うんですね。
例えば「お出掛けするのに今日の天気を知りたい!」
天気を知りたいだけなのに、あっちをタッチして、こっちのスイッチをONにして、このメニューを開いて…なんてしてられない、そんな面倒くさいのはいやだ…。
ブラウザを開いて「天気」って検索ワードを入れるのだって一手間です。
だから『天気』アプリは、タッチするだけで開いて、今日の天気を簡単に見ることができます。
人によってはガジェットとして配置して、画面スリープから復帰するだけで分かるようにしたりもしますよね。
複雑な操作を覚えなきゃいけない、そんな天気アプリは誰も使わないでしょう。
ここで言いたいことは、"目的が明確な場合、そこへ最短距離で到達出来るのが一番良い" というお話。
それじゃ目的が複数ある場合は?
先程の『天気』アプリで考えた場合、ここで初めて、操作がちょっと複雑になります。
「お出掛けするのに今日のお天気が知りたい!」
現在地の天気なら、スマートフォンのGPSとモバイルネットワークから取得された位置情報を元に、自動的に今いる場所の天気予報を表示してくれますけれど、お出掛け先が遠くだったら?
そんな時は、メニューを開いて検索欄に行き先の地名を入力。
絞り込まれた候補から、自分の行き先を選択してお天気を確認します。
でもそうやって "現在地以外の場所を検索して探す" というのは、開いただけじゃできません。
「ここから検索できるのかな?」って気づかないと、知らないとできないことです。
ただアプリを開くだけではできない、"知る/気付く/調べる" ってゆう学習コストが必要とされます。
天気を調べるんじゃなくて、全く違った目的を達成したい場合はどうでしょうか。
「写真撮った~!格好良いフィルタをかけよう!」
当然『天気』アプリを開いても加工は出来ないから、目的に適ったアプリケーションが必要になって、それはお天気アプリとは異なるUIのアプリになるでしょう。
写真加工出来るアプリを探す…知る必要があって、それも学習コストですよね。
それで例えば『Snapseed』に辿り着きました。
このアプリは簡単な操作で格好良い加工を行うことが出来ます。
比較的、直感な操作で様々な加工を行うことは出来ますけれど、凝ったことをやろうと思ったら "このツールでどんな効果が期待できるか" ということを学習しないと、思った様にはできません。
そしてこの『Snapseed』で出来ることにも限界がある…もっとこだわろうっ!て思ったら、パソコンを起動して更に高度な加工が可能なソフトを使う必要が出てきたりもします。
それでパソコンの画像編集ソフトを使ったからと言って、すぐにイメージ通りの加工が行えるとは限りませんよね。
頭の中のイメージを具現化する為の試行錯誤を重ねたり、そもそも "頭の中のイメージ" が曖昧だったら、実際に加工する過程の中で調整しながらイメージを固めていくこともあります。
例えば『Photoshop』は高度な加工を行えるソフトですけれど、その分メニューもツールもたくさんあって、どれをどう使うとどうなるのか、それを覚えないとイメージ通りのものは作れません。
そういったものに必要なコスト、学習コストは、天気を調べるのと比べれば膨大なものになりますよね。
つまり何が言いたいのか。
目的が増えたり、達成しようとする目標が高度になればなるほど、UIは複雑化して、その操作の為の学習コストが増えるケースが多いよね、というお話です。
誰でも分かるユニバーサルデザインである、分かりやすく直感的なUIである、それに越したことはないけれど、一定以上の "何か" を求めた場合、その範囲内でカバーすることはできなくなるんじゃないかなぁ、って思うんです。
ここで話は戻って、私の遊んでいる仮想世界のお話。
確かにこの仮想世界、クライアントのUIは優れているとは言い難い、むしろ煩雑で使いづらくも感じます。
でも、この世界で出来ることの "幅" を考えると、ある程度は仕方ない部分もあるのかなぁ、と思うんですよね…。
この世界では、単にチャットを楽しみたいだけの人、キャラクターをカスタマイズしたい人もいれば、景観を作成したい人もいる。
この "景観" の規模も、テーブルの上を作り込むところから、地形込みの風景を作りたい人まで、本当幅が広いんですね。
更に、私の様にアバターや景観の部品…鉛筆の様な小さなものから家具、草木に建物、更には山や川等自然そのものまで…の作成をしたい人もいれば、スクリプトを書いて "世界の仕組み" 自体を作りたい人もいます。
そんな様々な目的を、汎用的に扱えるUIとして、この仮想世界のUIがあるんですよね。
3Dモデリング以外のことは、ほぼこの仮想世界のクライアント内で完結することが出来ちゃいます。
だからどうしても複雑化してしまうし、その複雑さを受け付けられない人は出てきちゃうよな~って…。
特に、この世界で何をしたいのか明確な目的を持てなかったり、自身の単一の目的のみしか見えず、汎用性の意味を見出だせない人。
そういう人にとっては、ただただ煩雑なもので仕方ないだろうなっ…て思います。
私も遊んでいて「ここがこうだったらなぁ」と思う部分がちょいちょい。
ですから当然、改善の余地はあると思います。
その視点で考えれば「これに金を払うユーザーが悪い」…ユーザーが受け入れている現状が悪いというのも、否定出来ない部分はあるよねって思うかな…。
今回の様に興味を持ってアカウントを作成する手間を経てログインし、世界を楽しもうとした入口の部分。
そこで複雑なUIに触れる、楽しさを感じる前にめんどくささを感じる…それは確かにちょっとつらいですしね。
私はこの "仮想世界" という概念そのものが面白く、手探りで操作から製作まで、一つ一つ試して覚えること自体が楽しかったのですけれど、今回の友人は "製作とエロ" が仮想世界での目的。
もうちょっと違った形の案内が出来たのかなぁ…と反省する部分があります…。
ただ、それを踏まえた上で、「古臭いからクソだっ!」とか「ユーザーが甘やかしているからこんな酷いUIのままなんだ!」というのは「ちょっと違うかなぁ…」と思ったりもしたんですよね。
検索して調べると、この仮想世界は2003年にリリースされたそうです。
そこから古い仕様を引きずりつつも新しい機能が増え、複雑さを増しつつも存続しているサービスなんですね。
未だ世界中にユーザーがいて遊ばれているんです…グローバル故に時間帯も集まる場所もまちまち、だからあまり「いっぱい人がいる!」って実感は得られなかったりしますけれどw
でも、新規に始めたって方や、休止してたけど復帰した~って方もいて。
そんな風に続いているのは、多分皆、この仮想世界の "ゲスト" ではなくて "キャスト" だからなんだろうな~って思ったりもしました。
何故こんな複雑なUIなのか、その意味はどんなものなのか。
何となくでも感じているから、クソだって投げ出していないのかなって。
というわけで、次回はこの "ゲストではなくキャスト" と思ったことについて、触れていきたいと思います。