「ディズニーが提供するBLコンテンツ(語弊)ってどんな感じなんだろ…?」って興味から、『ツイステッドワンダーランド』を遊び始めたのが……いつだっけ、って調べてみたら25年の6月くらいでした。最新に追いついたのが9月末から10月頭くらいかな…?
デッキを組むゲームでもあるんだろなって思いつつ、私の遊び方の主たる部分は「お話を読む」なので、今は惰性でキャラのレベリングを行ってる毎日です。
でもそれはそれとして、日常の中でちょっとした手慰みにもなるし、各種シーズナルイベントで現実世界と連動する季節感の演出も楽しかったり。
そんな中、「NRC統一試験」の意味合いがちょっとよく分からず不思議に感じていたりします。
丁度今日で開催期間が終わるんですけれど…これって「中間試験/期末試験」の感覚で開催されてるのかなっ?って過去の開催日をざっくり調べてみたら、必ずしもそーゆーわけでもないよーなんですよね…。
シーズナルイベントの隙間を埋めるイベントとゆうことで別に良いんですけれど、ついつい何かしらの理由付けを探してしまうのでした。
こんな風に、私は些細なところについ「理由」、言い換えて「因果」を探してしまうところがあります。
例えば熱源があるから部屋の温度が上がる様に、世の中の事象には全て因果があると思っているんですよね。そして、それは人の心も同じと考えてしまうんですよね。
「何となく」の選択であっても、それはもしかしたら気候が良くて心が弾んでいたからかもしれないし、過去の嫌な経験から無自覚に避けた結果選んだものかも知れません。
そしてそれは必ずしも本人の中だけで完結しているものでもなくて、他の様々な要因によって選ばれたもので、他の要因を全て確認できない以上、全部「仮定」のお話なんだろうなって。客観的にも主観的にも「こうだ」と言い切れない、「こうであろう」のお話。
この「こうであろう」、それはそのまま、様々な可能性だと思うんですけれど、可能性を可能性のまま保持しつつ、「こうだ」と言い切らずに、自分の選択を重ねる。
それが現実を認めるとゆうことで、他者を認めるということで、世界との折り合いをつける、とゆうことなのかな…なんて、ゲームのイベントからそんなことをぼんやりと考えたりしたのでした。